世界一のインターネット・サービス企業を目指し、大量の物資とさまざまなサービスを人々に提供している楽天が研究所を作って三年半が経過しました。その楽天研究所所長の森さんよりご献本いただいたのがウェブ大変化:パワーシフトの始まりです。あの大量の電子商取引データを抱える楽天の研究所所長の手になる書籍ということで大きな興味を持って拝読させていただきました。大きひ変化しつつある現在においてさまざまな視点を投げかけ、大いに考えさせられる一冊でした。
坂本竜馬がブームになっています。少なくとも私のようなおじさんの間では。若い方も見るといいですよ。幕末の激動期に世を動かした人々の生き様から学ぶことは多いです。あの時期に太く短く命を燃やした青年たちは格好よいのですが、森さんが予言している大変化も幕末期のそれと見てもよいのかもしれません。何かものすごいものが近づいている。それがパワーシフト。
大変化の「はじめに」は一読の価値があります。要約すると、これまで計算機科学者たちがやってきたことは1960年代に[[ダグラス エンゲルバート:http://bit.ly/bfZHKY%5D%5Dが考えたことだった。でも、情報爆発時代の幕開けとともに、ついにわれわれはエンゲルバートの掌の外に船を進めることになったというのです。
まさにその通りです。今までは、知ってか知らずか、エンゲルバートが予測した未来に向けた改善を繰り返してデジタル社会を構築してきたわれわれですが、いよいよ彼の想像の及ばない海域に達して、われわれの真の冒険が始まります。勇気のない人は海図のない海域を恐れ、勇気を持った一握りの人が魔の生き物が待ち受けていると信じられている海域に出港する時代なのでしょうか。
大変化は勇気のある人にも、それほどでもない人にも楽しく読めるでしょう。ぼくらの漠然とした不安は黒船を見ていないことに起因しているのではないでしょうか。黒船は恐しいけれども、黒船の噂だけを聞かされた人が頭に描いた図はさらに恐しいかもしれません。
大変化では、情報爆発社会を起因してきた、技術の変化、人間の行動の変化、そして社会の構造の変化を次々に描いてみせています。人々により便利なサービスを提供する目的で、個人の個性をより正確に捉えようとする試みはごく自然です。最初はアンケートのような明示的な形で個人の行動を大まかに捉えていたものが、電子商取引の普及とともに、人々の購買行動がまざまざと個々人の行動様式をまざまざと表しつつあります。さらに踏み込めば、コンピュータを離れたところで、人の明示的な介在を抜きに彼の行動を捉えるための仕組みとしてセンサー技術が発達してきました。
大変化ではあまり明らかにされていませんが、そこで紹介されているいくつかのサービスでは人々の行動を捉えるためにゲームがうまく活用されている事例がありました。人によっては人力計算ゲームと呼ばれるものです。ある明らかにされない目標をうまく隠した面白いオンラインゲームを提供し、それに多くの人々の関心を集めることで得られるものは小さくありません。たどえば、トップコーダーで繰り広げられるプログラミングの技のぶつかりあい、LastFM での音楽情報のやりとり、GPS デバイスを持った人々のための地域限定 SNS などから、有能なプログラマ、ブレイクが近いアーティスト、ホットなクラブなどの情報が得られるようになります。
大変化を可能としているのが、梅田望夫さんが紹介した「あちら側」の技術の変化です。身のまわりのパソコンからは想像もつかない規模のデータセンターが構築され、世界中からそこに大量のデータが集ってきています。さらに膨大に蓄えられたデータを有効に使うために、大量の計算資源も投入されています。そこで起きつつあるのが、サービスの変化です。大変化のなかでは、データの集積地としての IaaS、サービスの集積地としての SaaS、そしてそのようなクラウドサービスの開発を可能とする PaaS といった一般人には馴染みのない概念が多くの事例とともに紹介されています。
大変化のなかでは、楽天研究所の動きとして ”Third Reality” という旗印のもの研究開発に挑んでいることが書かれています。今という時代がウェブ以前とウェブ以後の境目にあることを常に意識せよということでしょうか。大変化では Third Reality はあまり具体的な形をもって語られていません。
ただ、思うのですが「未来を描いてよ」と待っている姿勢ではいけないのではないかと思います。幕末の志士たちは自分たちで未来を描き、未来を説き、既成の枠組みを壊して未来を作ってきました。ウェブ大変化は皮肉な見方をすれば、今あるすごいものをうまくまとめただけとも見えます。むしろ、大変化が提供してくれる、さまざまな事例を頭のなかで組み合わせ自分なりの未来を描くことが大切です。
終盤まで読み進むうちに「この本をどのようにまとめるんだろう」と思っていたのですが、最後に大変化のなかで個々人の有り様についてのヒントが書かれていました。簡単に言えば価値ある自分、今風に言えば ”The only one.” としての価値を見つけなくてはいけないということです。歌にある ”The only one.” とは意味合いが違います。個性はもって生れた個々人が等しく持ち、生きている限り、それは揺がないという意味では”ありません”。集合知にひっぱられながらどんどん平均化し、やがては使い捨てになるような無個性化に対する警鐘を受け止めました。個々人にとってとても難しい課題だと思います。
大変化は本当にたくさんの素材を紹介してくれます。全部で百を下らないことと思います。日々のお役立ちツールとしていますぐにも使えるものも多いです。SF や小説やアニメに触れるきっかけにもなります。開発者や研究者はこの本を読んで羅針盤を修正すべきかもしれません。一個人として、今後の未来のなかでどうやって自分を大切にすべきかを考えるきっかけにもなります。いろいろな意味で深く考えさせられる一冊でした。
以下はここまでの文脈と直接は関係しませんが、個人的に目を引いた情報へのリンク集です。
– 電脳メガネ: アニメ作品「[[電脳コイル:http://www.tokuma.co.jp/coil/%5D%5D」の作中で子供たちが使う augmented reality を実現する眼鏡。
– ニコラス カー: [[クラウド化する社会:https://www.amazon.co.jp/dp/4798116211?tag=kenwaksweb-22%5D%5D
– [[エラー忘却型コンピューティング (failure oblivious computing):http://people.csail.mit.edu/rinard//paper/osdi04.pdf%5D%5D 頑健なシステムを構築するために、エラーへの耐性を持った計算方式を提案する論文。
– 堀晃: [[バビロニア・ウェーブ:http://www.amazon.co.jp/gp/product/4488722016?ie=UTF8&tag=kenwaksweb-22%5D%5D 人類が太陽を手にしたときに訪れた哲学的な問題をテーマとした日本ハードSFの傑作だそうです。
– [[EPIC2014:http://www.youtube.com/watch?v=Afdxq84OYIU%5D%5D YouTube で話題になった、近未来を想定した映像作品だそうです。